10月20日から開催! 高橋貝塚(南さつま市)里帰り展~よみがえる「河口コレクション」の世界~
高橋貝塚は弥生時代の南九州を代表する遺跡として知られており、貝輪などの原料となる南島産の貝が西北九州へ運ばれる際の交易の中継点として重要な役割を果たしたと考えられています。また、「高橋式土器」の標式遺跡にもなっています。
今回の展示では、過去2回にわたって実施した発掘調査の記録を再整理することで得られた、最新の成果を紹介します。
期日
令和8年10月20日(火)~令和9年3月14日(日)
場所
南さつま市歴史交流館金峰
南さつま市金峰町池辺1535番地
入館料
大人(高校生以上)310円
小人(小・中学生)150円
幼児(小学生未満)無料
団体(20名以上)大人220円、小人70円
営業時間
9:00~17:00(入館は16:30まで)
休日
月曜(祝日の場合は、その翌日)・12月29日~1月3日
ホームページ
歴史交流館金峰 | 南さつま市観光協会
TEL 0993-58-4321
FAX 0993-58-4322
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住居と高床倉庫のセット関係:ケブラノ前遺跡(喜界町)
古代の喜界島は、日本本土との関係が深いとされています。国指定の城久(ぐすく)遺跡群は9世紀頃から始まる遺跡ですが、本土と同様な土師器(はじき)が煮炊(にた)きに使われていたことが分かっています。ケブラノ前遺跡では、この城久遺跡群と同じ9世紀頃から10世紀頃までの掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)という、地面に穴を掘り、その穴に柱を立ててつくる建物の跡が17軒分見つかっています。これらの建物跡は、柱の数が多い住居跡と考えられるものと、4本柱で倉庫跡と考えられるものが、同じ方角を向いて隣接して見つかっています。
これは、住居と高床倉庫がセットで建てられていたものと考えられます。琉球列島では農耕は11世紀頃から営まれています。喜界島は日本本土との関係が深いため、他の島に先行して農耕が始まったのではないかとされており、農産物を収納するための高床倉庫の存在は、それを裏付けているのではないかと考えています。
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南の縄文文化展(東京展示「かごしま遊楽館」)
かごしま遊楽館(東京都千代田区有楽町)で「南の縄文文化展」を開催します。
鹿児島県の遺跡から出土した特徴的な縄文土器(角筒土器、レモン形土器、壺形土器)を中心に、土器や石器などの遺物を展示します。
また、担当者が南九州で栄えた縄文文化の魅力を、わかりやすく解説いたします。入場無料です。ぜひ会場にお越しください。
日時:令和8年10月24日(土)・25日(日)
会場:鹿児島ブランドショップ東京店ギャラリースペース
かごしま遊楽館3階
東京都千代田区有楽町1-6-4
かごしま遊楽館ホームページ
https://www.pref.kagoshima.jp/yurakukan/
主催:鹿児島県立埋蔵文化財センター
共催:(公財)鹿児島県文化振興財団 上野原縄文の森
「有溝砥石(ゆうこうといし)」:ケブラノ前遺跡(喜界町)
一般的に「有溝砥石」とは、日本列島で主に縄文時代草創期という1万年以上前の遺跡からみつかり、「矢柄研磨器(やがらけんまき)」とも呼ばれている弓矢の矢を研磨したのではないかとされている石器のことを指します。
琉球列島で「有溝砥石」と呼ばれている石器は、これよりだいぶ新しい縄文時代後期や晩期の遺跡から見つかります。その多くは砂岩というザラザラした石の表面で何かを磨った結果、幅が5㎜ほどで断面が半円形をした直線的な溝が何条か残されているものです。ケブラノ前遺跡では2点出土しています。
有溝砥石は、今まで、貝製品を製作するために貝殻の縁(ふち)を磨くための石器であるとされてきましたが、近年、貝製品や未製品が出土しない遺跡から多量に出土する事例がみられることや、縁が丸みを帯びている貝殻を磨くと溝の真ん中付近が深くなると考えられますが、溝跡の底の部分が直線的なことから、別の何か、細くてまっすぐなものを磨いたのではないかと考えられます。ただ、何を磨いたのかはっきりとわかっていません。みなさんのアイデアをお願いします。
熊本地震への支援「文化財レスキュー」
令和8年7月28日に発生した熊本地震で被災した文化財の救援活動が、9月から開始されました。鹿児島県立埋蔵文化財センターでも、職員を交代で熊本県に派遣し、文化財の保護・復旧にあたっています。
文化財は、地域の歴史や人々の記憶を未来へ伝える大切な財産です。当センターでも引き続き、文化財レスキュー活動に取り組んでまいります。
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虎居(とらい)城跡
鹿児島県の北薩広域公園整備(歴史ゾーン)に伴って、令和3~5年度に発掘調査を行いました。
曲輪(くるわ)「中の城(なかのじょう)」は平成20・21年度に川内川激甚災害対策特別緊急事業に伴って発掘調査が行われました。その後工事により一部消失し、現在は3分の1ほどが残っています。
今回の調査で、柱間が4間の総柱(そうばしら)となる掘立柱建物跡(ほったてばしらたてものあと)が発見されました。この建物跡の柱穴の多くは根石を敷(し)いてあり、かなり強固な建物であったことが想定されます。建物周辺からは中国などから輸入された16世紀後半頃の陶磁器(碗・皿)が出土しています。
虎居城跡は、対岸の公園と橋でつながりました。この結果、城跡がより身近なものとなることでしょう。発掘調査の結果からこの城跡の解明が進み、その成果が公園整備に活用されることが期待されています。
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むかしむかしの霧島市~きりしま国分山形屋展示~
焼山遺跡(伊佐市)がラジオで紹介されます
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本日から開催! 出張「推しの逸品」INさつま町
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上野原縄文の森企画展内覧会
7月16日に、上野原縄文の森第76回企画展「新発見! かごしまの遺跡2026」の内覧会を行いました。
7月18日から始まる今回の企画展では、当時の地形を巧みに利用して築かれた曲輪や空堀が確認された「下城跡(姶良市)」や、華南三彩鳥形水注の破片など南九州では出土例の少ない資料が出土した「南水ヶ迫B遺跡(志布志市)」、さらに志布志城と同一台地上に隣接して位置するとともに遺物の共通性が高い「野首遺跡(志布志市)」の3遺跡における最新の発掘調査成果を紹介します。
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